香川真司(かがわ しんじ)さんってどんな人?

2018年ロシアワールドカップサッカー日本代表の香川真司さんってどんな人なんでしょうか?

僕の感想も含めてご紹介します。

香川真司さんのプロフィール

 

生年月日・ポジション・身長・体重

生年月日は1989年3月17日の29歳(2018/3/19現在)

ポジションはミッドフィールダーです。

 

現在、サッカー日本代表でビッグ3の1人といえば香川真司さんです!日本代表の10番。

早くから天才と言われていた香川真司さんも気付けばもう29歳になっちゃったんですね…

身長は175cmなんで「意外に高い」という印象です。

顔と切れのあるプレースタイルからくるイメージはもっと小柄な感じなんですけどね。

 

体重は68kgと標準体型です。

この体格で海外のデカイ選手と競り合っているのはなかなか信じがたいですね!

まぁ香川真司さんのプレースタイルはガツガツ競り合うようなかんじではなく、入ったり出たりを繰り返したり裏に抜け出すようなコンタクトの少ないスタイルなんで通用するんでしょうね。

 

出身地

出身地は兵庫県神戸市垂水区

神戸ってサッカーが盛んです。港に近いグラウンドではいつもどこかでサッカーの練習や試合をやってるんですよね。

僕も小学校のころはよくサッカーフェスティバルで試合をしに行ってました。

出身学校

小学校は神戸市立乙木小学校で中学校は仙台市立八乙女中学校

小学1年生から地元のマリノFCに所属していて、東舞子サッカークラブに移籍。5年生からは神戸NKサッカークラブで活動していました。

(神戸NKサッカークラブは現在センアーノ神戸に名称変更)

中学時代はFCみやぎバルセロナに加入するため仙台市に拠点を移しています。

香川真司さんは子どもの頃からサッカーが上手くなる事に貪欲なんですね!

大人になってからなら「より高いレベル」を目指してチームを移籍することはよくあることですが、小学生で3チームを渡り歩くことなんてまずないです。

しかも中学進学を期に移住までしちゃうんですから。この頃からすでにプロみたいですね!

このころ香川真司さんはU-15日本代表に選ばれています。

 

高校時代も凄いです。

高校は移り住んだ仙台にある宮城県立黒川高校に進学し、その後はウィザス高等学校の大阪・天王寺校に移っています。

(ウィザス高等学校は現在、第一学院高等学校に名称変更)

 

黒川高校時代はFCみやぎバルセロナで活動していて、U-18東北代表メンバーに選出。

このとき香川真司さんは17歳。

この年代は年齢ごとに細かくカテゴリー分けされていて普通17歳の香川真司さんが選ばれるのはU-17なんですが…

1つ上のU-18東北代表メンバーに選出されているんです!これって相当レベルが高くないとありえないことなんです!

18歳まではドンドン体が成長していきますから年齢が1つ違うだけでも体格や運動能力に大きく差があります。

特にサッカーのような体同士のコンタクトがあるスポーツではなおさら差がハッキリとでるんです。

それでもなおU-18東北代表に選ばれたということは、体格差を補うほどのテクニックが香川真司さんにあったということを表していますよね!

そんな香川真司さんに目をつけたセレッソ大阪とFC東京が高校2年生の時にオファーを出しました。

高校2年生でプロからオファーって…凄いですね!

 

その2チームからのオファーから香川真司さんはセレッソ大阪を選び仮契約をします。

これを期に宮城県立黒川高校からウィザス高等学校の大阪・天王寺校に移っています。

またもやサッカーのために住む場所を変えた香川真司さん。この人にとってサッカーのためなら住む場所は関係ないんですね!

ウィザス高等学校(現 第一学院高等学校)では通信制を選択。

おもにネットやDVD教材などを活用し、通学は週3回程度だったのでよりサッカーをする環境が整ったんではないでしょうか。

 

Jリーグでの成績

2005年にセレッソ大阪と仮契約をし、翌年の2006年に正式に入団。(当時のセレッソ大阪はJ2)

当時はめっちゃ話題になりましたね~

2006年のシーズンには出場機会がなりませんでしたが、翌年の2007年からレギュラーを獲得。

2008年からはチームの主力として35試合出場し16得点という大活躍。

さらに活躍は続き、2009年には背番号を8番にあらため、香川真司さんがプロに登録されてから初のハットトリックを達成。

当時セレッソ大阪の背番号8といえば「ミスターセレッソ」と呼ばれていた森嶋さん。

その森嶋さんから背番号8を受け継いだ事によって、名実ともに香川真司さんはセレッソ大阪の顔になったんですね。

そのシーズンは27得点を叩き出しJ2得点王に輝きセレッソ大阪のJ1昇格に貢献。

 

2010年は開幕から2ヵ月半で7得点と活躍し、同年7月にドイツのドルトムントへ移籍。

 

海外での成績

ボルシア・ドルトムントに移籍したのちプレミアリーグのマンチェスターユナイテッドに移籍。

そののち再びボルシア・ドルトムントへ復帰する。

 

香川真司さんはブンデスリーガで前半で8得点し、キッカー誌が選ぶリーグ前半戦の攻撃的MF部門で最優秀選手に選出されます。

いきなりスゴっ!

翌年の2011年にも大活躍、し国際サッカー連盟(FIFA)が発表した「2011年期待の若手13人」の1人に選ばれたんです。

FIFAが認めた期待の若手ですよ?ほんと凄いです。

あの当時、ドルトムントでプレーする香川真司さんをテレビで見るとワクワクしていたのを思い出します。

裏へ飛び出しゴールを決め、ドリブルで海外の選手を抜きまくってましたからね!

なんだかあの当時は、スポーツニュースで得点したというニュースが流れるたびに「また決めてる」って思ってました。

それほどゴールを量産してたんですね。

後半戦は怪我で長期離脱していたんですがドルトムントの9シーズンぶりの優勝にまちがいなく貢献したいました!

その後ドルトムントでの活躍が認められ、2012年6月にプレミアリーグのマンチェスターユナイテッドに移籍。

これにも度肝を抜かれました!

あのマンチェスターユナイテッドに日本人が所属するなんて想像もできなかったですから!

最初はめっちゃ活躍してましたね~

ハットトリックも達成したしプレミアリーグ優勝にも貢献してましたしね。

なのに…

新たなシーズンを向かえると一転。香川真司さんはマンチェスターユナイテッドでの暗黒の時代に突入しました。

怪我の影響間あったのかもしれませんが、やっぱり監督が変わってチームでの使われ方が変わったのが原因だったんでしょう。

チームも香川真司さん自身も不調に陥っていき、自身初のシーズンノーゴールという結果に終わっています。

その後、調子を戻せないままドルトムントへ復帰しました。

 

その報道を聞いたときには「うんうん!それがイイ!」って思いましたよ。

絶対にドルトムントの方が香川真司さんには合ってるし、あの時の輝きを取り戻せるならその方がイイってね。

最初こそマンチェスターユナイテッド時代の不調をひきずっていましたが、最近ではようやく調子を戻しつつあるようです。

 

 

2018年ロシアワールドカップには香川真司さんも期するものがあると思いますので、爆発してくれることと思います!!!