長友佑都(ながとも ゆうと)さんってどんな人?

2018年ロシアワールドカップサッカー日本代表の長友佑都さんってどんな人なんでしょうか?

僕の感想も含めてご紹介します。

長友佑都さんのプロフィール

 

生年月日・ポジション・身長・体重

生年月日は1986年9月12日の31歳(2018/4/25現在)

ポジションはディフェンダーです。

 

身長は170cm・体重は68kg

身長のわりにかなり体重は多めですね。たしかにあの筋肉なら納得ですね!豆タンクって感じです。

長友佑都さんといえばなんといってもフィジカルが強くて縦への突破が際立っていますよね!

 

出身地

出身地は愛媛県西条市

四国のなかでも愛媛県は特にサッカーが盛んな地域です。最近では元日本代表監督の岡田さんのFC今治が有名ですね。

 

出身学校

小学校は西条市立三芳小学校で中学校は西条市立北中学校。高校は私立東福岡高校に進学。大学は明治大学。

サッカーを始めたのは幼稚園からで、始めるきっかけは「好きな女の子にモテたかったから」という理由だったそうです。

まぁ最初のきっかけなんてみんなくだらないものだったりするんですよね。それからホントに好きになればイイんですから。

 

小学校6年生の時に愛媛FCジュニアユースのセレクションを受けるも不合格。ここで挫折を味わうんですね。

今でこそ日本代表には欠かす事のできない存在の長友佑都さんも小学校時代は普通の選手だったみたいですね。

 

中学校に進学してサッカー部に所属するんですが…

愛媛FCジュニアユースのセレクションに落ちたショックとサッカー部が不良の溜まり場みたいな感じになっていたこともあり、適当に練習したり学校をサボって遊んでたりと「ちょいグレ」だったようです。

そのころの長友佑都さんは、自分には「サッカーは無理なんだな」「サッカーで上に行くのは厳しいんだな」って思っていたみたいです。

いまではまったく想像がつきませんね。

 

そんな長友佑都さんを当時の「金八先生」みたいな熱血監督が救ってくれます。

熱血監督のおかげで長友佑都さんもサッカー部も立ち直り、3年生の頃には愛媛県で3位になるまでに!!!

不良の溜まり場みたいな感じになっていたサッカー部がよく県3位までいけましたね~

すごいです!

 

高校は名門の東福岡高校に進学。この時、高校1年生の長友佑都さんは周囲の度肝を抜きます!

入学式前に新入生が揃って実施したランニングトレーニングで、いきなりトップチームの選手を上回るタイムを記録したんです!

これにはみんな驚いたようです。

なんせ少し前まで中学生だったヤツが名門である東福岡のトップの選手を超える走力を披露したんですから!!!

そうはいっても名門である東福岡高校。走力だけではでは通用しないんですね。なかなかレギュラーになれません…

それでも長友佑都さんは、試合に出られなかったとしてもストイックにトレーニングをやり続けていたそうです。

朝5時に起きてランニングや筋トレをして授業がおわったらサッカー部の練習、その後居残り練習という毎日。

これは今の長友佑都さんから想像できます。体を虐めるの好きそうですもんね(笑)

 

ようやくチャンスが巡ってきたのは3年生になったばかりの九州新人戦の国見高校戦。

最初はベンチスタートだったのですが、スタメン選手の動きが悪く長友佑都さんが交代で入ったのですが…

国見高校のキープレーヤーをみごとに押さえ、さらには35メートルのミドルシュートを相手ゴールに叩き込んだんです!!!

チームメイトも「そこで打つ?」と思うようなところから放った凄まじい鮮烈ミドルシュートだったようです。

この活躍が認められ、以降レギュラーとして定着。

しかし…高校ではこれといった成績をおさめることはできずプロにスカウトされることもなく明治大学に進学。

 

明治大学に進みサッカー部に入部すると、いままでやっていたボランチからサイドバックにコンバートされる。

ここが長友佑都さんのサイドバック人生のターニングポイントなんですね!

サイドバックにコンバートされて才能が開花したからプロとしての道を切り開くことができて、世界で活躍する日本を代表する選手になったんですから。

しかし…入部早々に発症した椎間板ヘルニアを再発し試合に出られなくなり自暴自棄になりかけるも、周りのサポートにより復活する。

このとき体幹を鍛えられたことが、のちのち長友佑都さんが活躍するようになる財産になるんですね。

復帰すると監督から「別格」いわしめるほどのプレーを見せつけたんです!

急激に頭角をあらわしてきた長友佑都さんは全日本大学選抜やユニバーシアード代表に選ばれるまでに成長。

そしてFC東京との練習試合でスカウトされ特別指定選手としてFC東京の練習に参加することになるんです。

そして大学生のままプロのピッチに立つ事になるんですが、この時テレビで見てて驚きました!

小さい長友佑都さんがプロの選手は吹っ飛ばしてたんです!
なんじゃコイツって思いましたね!

ぜったい将来日本代表になるってマジで思いました。

 

2008年、大学のサッカー部を辞めFC東京とプロ契約する。

 

Jリーグでの成績

FC東京に入団するとコンスタントに活躍。

すぐに日本代表に召集されキリンチャレンジカップでは豪快なミドルシュートを決めてます。

プロになってから日本代表になるまでが早いですよね!ってことは大学生時代からすでに日本代表クラスの能力だったってことなんですね!

おそるべき大学生です!

2009年にはナビスコカップ(現ルヴァンカップ)優勝に大きく貢献しJリーグベストイレブンに選出。

2010年の南アフリカワールドカップでの活躍がみとめられ、イタリアのACチェゼーナへ移籍。

 

海外での成績

ACチェゼーナに移籍したのちインテル・ミラノへ移籍。その後ガラタサライへ移籍する。

レンタル移籍したACチェゼーナではコンスタントに試合出場し、期待通りの活躍をみせる。

この時はちょっと驚きましたね~

海外挑戦で苦戦する日本人プレーヤーが多い中、日本にいる時のように普通に活躍するんだもん!

やっぱり日本代表でレギュラーとして海外の選手と戦ってきた経験ってのは伊達じゃないんでしょうね。

しかも長友佑都さんは日本代表の試合でも、海外の選手をブチ抜いて縦に突破してましたもんね!

そしてレンタルの期間が終わると、ACチェゼーナが買取オプションを行使して完全移籍したんですが…

なんとその直後、あのですよ、あのインテル・ミラノにレンタル移籍するんです!!!

これにも驚きましたね~

日本人である長友佑都さんがあのインテル・ミラノの青いユニフォームを着てるのが不思議でしょうがなかったです。

世界のそうそうたる選手が在籍したビッグクラブに長友佑都さんが移籍したのは嬉しかったです。

しかもきっちり活躍してコッパ・イタリア優勝に貢献してましたからね!

翌年には5年契約で完全移籍。

その後、監督の交代や自身の怪我でベンチをあたためることもあったが最終的にはレギュラーとして定着。

2013年にはゲームキャプテンとしてキャプテンマークを腕につける場面も!もしかしたらこれが一番驚いたかも!

日本人が外国の、それも世界的ビッグクラブのキャプテンって信じられませんでしたもん。

ってか2014年にはゲームキャプテンどころかチームの副キャプテンになってますけどね!

しかしこのシーズンは怪我で長期離脱。

ここから少しづつベンチをあたためるようになり移籍の噂がちらほら聞こえるようになったんですが長友佑都さんは残留を希望。

翌年の前半も苦しい立場はかわらず放出の噂が立つも、自身のプレーで噂を払拭。レギュラーに返り咲き2019年までの契約延長を発表。

この時はよくこらえましたよね~

もうそろそろ戦力外になっちゃうんじゃないの?ってぐらい試合にでたませんでしたからね…

しかしレギュラーの座は確実ではなく、出場機会を求めてトルコのガラタサライSKへレンタル移籍する。

この判断はやっぱり、ロシアワールドカップに向けて試合勘をキープしておきたいっていう考えがあったからなんじゃないかなって勝手に想像してます(笑)

もしそうだとしたら大正解ですよね。

ガラタサライSKへ移籍してからというもの、ほとんどの試合に出場して3年ぶり21度目のリーグ優勝に貢献したんですから!

 

この調子でロシアワールドカップも大活躍してくれます!!!