酒井高徳(さかい ごうとく)さんってどんな人?

2018年ロシアワールドカップサッカー日本代表の酒井高徳さんってどんな人なんでしょうか?

僕の感想も含めてご紹介します。

 

酒井高徳さんのプロフィール

 

生年月日・ポジション・身長・体重

生年月日は1991年3月14日の27歳(2018/5/12現在)

ポジションはディフェンダーです。

 

身長は176cm・体重は74kg

 

イメージ的にはもっと小さいような感じなんですけど、やっぱりあの細かいステップと走力が「すばしっこい」というイメージにつながってるんでしょうかね。

あの上下を繰り返すスタミナは凄いです!

 

出身地

生まれは アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク
2歳から新潟県三条市で育つ。

日本人の父とドイツ人の母を持つハーフ。国籍は日本。

めっちゃかっこいい顔してますよね~
俳優でも通用しそうです。

 

出身学校

小学校は三条市立大崎小学校で中学校は三条市立大崎中学校。高校は私立開志学園高等学校に進学。

 

本格的にサッカーを始めたのは小学校5年で、

自転車に乗ったおじさんに声をかけられ「キミ、サッカー好きなの?僕はサッカークラブのコーチなんだけど、よかったらウチに来ない?」と誘われたのがきっかけだった。

それが三条サッカースポーツ少年団のコーチだった。
こんな出会いってあるんですね。

酒井高徳さんはインタビューで「そのコーチと出会わなければ、自分が三条SSSに入ることもなければ、サッカー選手になることもなかったと思います」と答えています。

この出会いが未来の「サッカー日本代表」酒井高徳さんの誕生した瞬間だったんですね。

この少年団のコーチはゴールデンエイジの子どもに技術を修得させることの重要性をよく理解していて基本練習を重視していたようです。

この期間の、小学校5~6年生時の基礎練習が酒井高徳さんのサッカー選手としての「その後の伸び」の土台になったことは間違いありません。

ゴールデンエイジの期間にどんな練習をするかで、その後どんな選手に成長するかが変わってくるんですね。

 

中学生になるとさらなるレベルアップを目指し、イランのナショナルチームにも所属したことのある方が主宰するレザーFSジュニアユースに入団。

その当時の実力はというと…中学3年生でフォワードとしてナショナルトレセンでの合宿に参加するほどの実力だったそうです。

そして合宿最終日の20分の試合でハットトリックを達成するなど活躍しコーチから認められ、U-15日本代表入りする。

やっぱりあの攻撃力は「元フォワード」だったからなんですね。

たしかに攻撃の時の動きは小さい頃からディフェンスをしてた人にはないもんがありますもんね!

 

アルビレックス新潟ユースに入団してからはサイドバックとして年代別代表の常連となる。

2008年にはトップチームに2種登され、天皇杯でプロのピッチに立つ。

そして2008年に11月アルビレックス新潟のトップに昇格。

 

Jリーグでの成績

アルビレックス新潟トップチームに昇格すると、途中出場ながら18試合を経験。

翌年からはレギュラーとして定着し、アルビレックス新潟の中心選手となる。

 

2011年12月VfBシュトゥットガルトへ期限付き移籍。

 

 

海外での成績

VfBシュトゥットガルトに移籍したのちハンブルガーSVに移籍。

 

VfBシュトゥットガルトに移籍するとすぐにレギュラーを確保して大活躍すると2013年1月には完全移籍することに。

その当時、ドイツでは酒井高徳さんをドイツ代表に!という声もあがるほどの活躍だった。

たしかに酒井高徳さんのプレーって、ポジションは違うけどなんとなく元ドイツ代表のリトバルスキに似ててドイツで受け入れられそうですもんね。

しかし2015年シーズンになるとベンチをあたためる事が多くなり、同年7月ハンブルガーSVに移籍。

 

すると翌年からレギュラーに定着し、なんとキャプテンに就任するんですね!

驚きました~

 

しかしチームは2部降格の残留争いの末なんとか降格をまぬがれるんですが、翌年ついに2部降格してしまいます。

それでも酒井高徳さんは移籍せず1部復帰に燃えてるんですね!

 

ここのところ少し試合に出られてないですが、ロシアワールドカップではその鬱憤をはらすような動きを期待してます!!!